CUE! Reading Live vol.9 Moon

はいどうも乳酸菌です。今月も行ってきましたので感想です。

とにもかくにも、無事に4人そろって開催できてよかったですね。延期になったり会場が変わったり物販で不手際があったりはありましたが、終わりよければすべてよしということにしましょう。それくらいいいイベントだったと思います。

 

というわけで感想を書きますが、わざわざこんなブログ読みに来る人みんなRLに来た人だと思うので、全編ネタバレです。お気を付けください。

 

そしてMoonのイベントだったので例に漏れず丸山利恵さんの話を主にしますが、まあ、なんというか、片思いって辛いな…

黙れ。

 

 

 

 

 

童話「赤ずきん」の朗読劇から朗読劇が始まりました。

アニメでも子どもたちへの朗読劇の準備と、AiRBLUE所属声優としての仕事の両立に苦悩するMoonの話がありました。それの地続きな設定でしたが、今回はリーダーの利恵さんも上手くことを進められていないようです。

アニメでの「3匹のこぶた」を経験した後であれば、Moonも(そして他のユニットも)声優として注目をされ始めたタイミングでもあるのでしょう。「今回は我輩たちだけでやらないと」という言葉通り、仕事に追われながら、それでも自分たちにできることとして朗読劇にも真剣に取り組みたい、という利恵さんの責任感はここでも発揮されています。

ただし、そこで強くなりきれないのが利恵さんのいいところでもあり悪いところでもあります。「あなたは優しすぎるのよ」と聡里にも突かれてしまいました。

そして、次の日の朝から利恵さんは悪魔エリスとして準備の遅れを取り戻す有能っぷりを見せつけるのですが、その前夜の出来事について。

 

スケジュール管理は任せてと言った手前なんとかしないと、でもどうすればいいかわからないところに、鳴から「悪魔になればいい」とひとこと言われます。
利恵さんにとっての悪魔エリスとは、「自分に勇気を与えてくれる存在」なのだと散々(勝手に)主張をしているのですが、その勇気とは周りを励ますであったり自らを鼓舞するであったりと、自分の中の「優しさ」から来る存在でした。翻って今回は「優しすぎる」ことから脱却するための悪魔エリスが求められたのです。鳴がそのことを知ってか知らずか(知らない訳がない)この提案をしたことで、利恵さんの中に新たな心情が芽生えたのではないかと思います。

さらに、それも(多分)悟った鳴は不安がる利恵さんに「世界を変える?」と尋ねます。どこで言っていたか思い出せないのですが、利恵さんと鳴の中で「自分を変えるか、世界を変えるか」というテーマが存在していた記憶があり、それを踏まえた質問です。多分「カストールの安息日」とかでそんな話をしていたと思うのですが、物覚えのいい人あとで教えてください
利恵はこれまで、自分がやりたいことを曲げずに一歩踏み出して、小さいながらも世界を変えてきました。しかし、回答は「そんな事できないでしょ」。ここで私泣いちゃって、いや勿論、世界を変えることなんて一介の声優には無理なんですよ。そうなんだけど、それを諦めたというか、無理だって言葉にされてしまったことが、すごく悲しくて、それを自覚して受け入れると決めた瞬間の利恵さんの気持ちを思うとやるせなさがあふれてしまいました。

 

 

そしてきっとみんなが度肝を抜かれた悪魔エリスとしての生活が始まります。あの聡里が敬語を使い、凛音の度重なるリエンヌ呼びにも顔色一つ変えずエリスと呼ぶようにと訂正し、はては自分が何者かという禅問答のような問いにもさらりと答えを返す、本当に悪魔が乗り移ったかのような2日間。

その横で鳴は、「そうだね。」「なんでもない。」というように本当にいつもと同じ目線、同じ態度で利恵さんに接していましたが、本人の心情が表れていたのはその2日間に見た「夢」の中でした。あれは鳴の見た夢であり、利恵の見た夢でもあると私は解釈しているのですが、そこで鳴は利恵さんに「どんな利恵でもいい」「利恵が望むならどんな利恵でも受け入れる」ということを言うわけです。聡里や凛音に「今日の利恵、なんか少し変じゃない?」と聞かれたときは「どうでもいい」と返していましたが、本当にどうでもいいわけではなくて、「(利恵がなりたい利恵であれば)どうでもいい」というニュアンスだったのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※読まなくていいパート※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

これ聞いた瞬間に「あ、自分はもう鳴にはなれないし、利恵さんの中で鳴以上の距離まで近づけないんだな」と思いました。

少なくとも私は利恵さんが悪魔エリスとして振舞っている姿に違和感というか、どうしたんだろうという疑念を抱いてしまったのです。鳴の「悪魔になればいい」という言葉とその後に続くほんの少しのやり取りを聞いたのに。
きっと鳴はこうなることを知っていたというか、こうなる覚悟ができていて、そのうえで「利恵が望むならどんな利恵でも受け入れる」ということを言えたんだ、ということを理解してしまったのです。その覚悟の有無には絶対的に差があって、その差こそ私がうめたかった差だということに気づいてしまったのです。
私はエリスとして振舞っている利恵さんに「利恵」と声をかけられないし、そんな利恵さんを見て「なんでもない」と立ち回れないのです。立ち回れたとしても、鳴がそのやり取りで思ったこと、感じたこと、利恵に投げかけたこと、利恵から受け取ったこと、そのどれもを得ることができないのです。
無力でした、あまりにも。当然なんですけど。アプリ開始から3年、私がCUE!と丸山利恵さんを知って2年と8か月、ずっと突きつけられていたナイフがようやく自分の心臓を貫いていくのを感じました。

結局のところ、丸山利恵さんはどこまでいっても自分の中の丸山利恵さんを超えて行ってしまうんですよね。きっとそれは新たな彼女の魅力ではあるんですけど、でもそれをすでに知っている、見い出している、理解している人がいるんですよね。私は独占欲が強いので、それを知るのが自分が最初じゃなきゃ嫌だし、自分でありたいというプライドがあったり(というのも自覚があまりなかった)して、それを今回のストーリーでもう完膚なきまでに打ち砕かれてしまいました。片思いというかなんというか、辛かった。

※※※※※※※※※読まなくていいパートおわり※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい、キモい自分語りおしまい、朗読の感想に戻ります

 

とはいっても、やっぱり利恵さんの変化というか、そういうちょっといつもと違うMoonの一幕が描かれていたのもあり、利恵さんの話をすると自分の気持ちがどうしても乗ってしまうので、これ以上話すことないんですよ。

しいて言えば凛音の「こういうちょっと何かが違う一日が前にもあった気がする」という発言で「凛音の永い一日」を思い返して腕を組んでうんうん唸ってたくらいですかね。あのとき凛音が知った鳴の誰にも言っていない秘密が朗読劇の中で出てくるんじゃないかとヒヤヒヤしましたけど、結局それはなかったですね。

あとは凛音と聡里の「おつきさま」デュエットも(一般的には)今回の劇のハイライトだったかもしれません。アニメを見た感じ、あの歌は凛音にとって「利恵にとってのエリス」のような存在なのかもしれないと思います。辛いことや悲しいことがあるたびにこの歌を思い出して、あるいは歌って、自分の夢や希望の糧にする、そういう存在なのではないでしょうか。聡里がそういうことを考えたり共感したりするということは全くないと思うのですが、凛音の歌声にはそんな人の心にも届く不思議な力がありますよね。今回においては様子が変わってしまった利恵への違和感で少し疲れていたのかもしれませんが。

意外とあった。

 

 

 

 

正直に話すと、朗読劇が終わったあとは余韻と脱力感で頭がぼーっとしていたのでライブの様子とかキャストの挨拶とか全然覚えてません。セトリすら覚えてない。最初に「君は私」でMiRAGE! MiRAGE!!が始まったときに「『君は私』かぁ…」ってより一層空虚感に拍車がかかったことくらいしか記憶にない。それくらい朗読で打ちのめされてしまった。終わった後に会場を出た後もしばらく動けずに長崎平和像のレプリカの前でしゃがみこんでたし。

 

 

なにはともあれ、丸山利恵さんへの感情あるいは執着というのが最悪の形で昇華されてしまった最高のReading Liveでした。

 

CUE!、お前、もっとやれるはずだよ。もっと俺たちにAiRBLUEの物語を見せてくれよ…

 

 

 

 

以上です。来月横浜でお会いしましょう。こんな惨めなオタクを笑い飛ばしてくれ。